「監査人としての意識」 其の弐

今日も昨日に引き続いて「監査人としての意識」について。

「私の仕事」の回にも書きましたが、
監査とは「ある事象・対象に関して、一定の規準に照らして証拠を収集し、その証拠に基づいて何らかの評価を行い、評価結果を利害関係者に伝達すること」です。
今日はそんな監査に携わる人間が必ず持っているべき「心構え」について。

ずばり結論は、「職業的猜疑心を持とう」です。

「猜疑心」て何だよ?と思う方もいると思いますのでちょっと説明すると、監査とはある物事の問題を一定の基準を用いて調査することですから、監査する人間は基本的にその物事に関する「粗」を探す必要があるのです。もちろん監査は「姑のいびり」とは違って、粗探しが全てではありませんが、ある物事を評価する以上、目の前の事実に対して自分なりに「疑問」や「好奇心」を持って調査していかないとそこに隠れている問題点を見つけることはできません。だから「猜疑心」が必要なんです。ご理解いただけますでしょうか?

だったら、単に「猜疑心」て書けばいいじゃないか!と思われる方もいるでしょう。そこにあえて「職業的」という言葉をつけているのは、ただ全てを疑うということと、監査は似て非なるものであると、考えているからです。
監査をする際には、その対象(業務)に関するドキュメント(証拠となるもの)の調査や関連している人間へのヒアリング等を行います。特にヒアリングの対象は全く見ず知らずの同じ企業で働いているだけの人から毎日隣で仕事を一緒にしている人間、自分より遥かに権限を持った経営陣まで多岐にわたります。見ず知らずの人間であれば、仕事と割り切れば遠慮無く質問もできるでしょうし、必要とあれば「追及」できるでしょう。
しかし、毎日顔を合わす同僚や上司、経営陣に同じことができるでしょうか?
経営陣や上司に不利益な質問や厳しい追及を行えば、会社での自分の将来に悪影響を及ぼさないかと考えること、同僚が困るような質問をすれば、明日から職場での人間関係は気まずくならないだろうか、と悩むことは人間ならば当然のことです。管理人自身もその葛藤を絶えず抱えています。

しかし、それでは監査はできません。
そんなときこそ「仕事」として考えてください。
幸か不幸か、どんな状況にあろうとも仕事として監査をしているあなたは「プロ」です。
プロとして「職業的猜疑心」を持ってください。管理人は常に葛藤に打ち勝つために自分なりの「職業的猜疑心」を持つように心がけています。

だから管理人は仕事のときは、キザに言えば「非情なる決意」をもって経営陣であろうが上司であろうが関係無く、疑いをもって接しています。もちろん監査以外のときは、普通の会社員として、組織の一員として接しています。
「職業的猜疑心」を持って、信念をもってぶれずに監査に携わることは、難しいことです。
でも、それは監査人としての最低条件であると思います。

間違っても部長が言っていることは正しいとか、社長が間違ったことを言うわけが無い、なんて考えません。誰しもが人間である以上、完璧はありえません。それが成り立つなら、「監査」なんていりませんからね。

「プロとして先ず疑って、客観的に物事を見る」

今日は少し熱く「職業的猜疑心」について語ってみました。

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