情熱大陸20110911 『石巻日日新聞』 #jounetsu

「ジャーナリストでなくローカリスト」
「見守る」っていい言葉だけど
「一緒に歩む」の方がもっといい言葉なんだろう。
胡散臭い話が多い「新聞」だけど、それとは違う「新聞」もある。

番組史上初の「生中継」。
昨日は震災から半年、「節目」という人もいるけど
まだまだ震災は現在進行中だと感じる人もいる。
そんな状況だけに情熱大陸という番組が一歩踏み出したということは
特別な意味があると思うし、番組をみてその思いは間違っていなかったと思います。

「避難所に貼られた壁新聞」

この話はテレビで、そして同じ新聞で何度も目にしましたが
それがどのような状況で、どんな人が作っているのか
あの新聞がどれほど大きな意味と支えになっていたのかは
あれだけの混乱状況の中でボクにはわかっていなかったのが事実です。

「新聞に書いてあることは正しい」という話はどうやら日に日に
その信頼性を失っているわけで、それは政治の混迷だったり
震災後の原発・脱原発だったり、簡単に「正義」が決められない
いまの世の中では当然だろうなと思う反面、
どこか真実を歪めているような感覚を覚えている人が多いからなのでしょう。
とはいえボクがいま思っているのは「全国紙」、要するに大手メディアのこと。

「石巻日日新聞」は地方紙、ローカル紙。
発行部数にしろ、売上規模にしろ、全国紙と比べるのは筋違い。
ただ、今回の震災で彼らの存在が被災地、石巻では明らかに
全国紙を上回っているのではないかと思います。

大手の「取材する」というスタンスではなく
「人と話す」という感じのスタンスによって引き出されていく情報。
その情報が新聞に載ることで、また誰かとつながっていく。
大手だって同じことしようとしているんでしょうけど
少なくともいま、この段階で、石巻エリアでは日日新聞の方が
それを確実に実現しているのだと思います。

「情報」が入ってこないということは本当に不安で怖いものだと
今回の震災で見にしみて判った気がしています。
ボクは東京にいて、テレビや新聞、インターネットも使えたので
情報不足というよりはむしろ情報の洪水に飲み込まれかけましたが
被災地では本当に情報が不足して、皆さんが不安だったことを思えば
輪転機は回らなくても、全員に配れなくても
「壁新聞」を発行するという行動は重要なものだったはずですし、
新聞本来の「機能」を十分に満たしていたと思います。

「紙の新聞は終わる」という話はありますが
今回の番組を見ていると「紙の新聞」が終わるのではなくて
「新聞足りえないものが終わる」ということなのだと感じました。

それにしても生中継、窪田さんの生ナレーション。
お疲れさまでした。
また一段、番組のステージがあがったと思います。

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