2012年の最後に

2012年もあと1時間ほどで終了。
年の最後にちょっとだけ真面目な話を書いて
いろいろなことを駆け抜けた1年を締めようと思います。
それでは少しだけお付き合いください。

なんて書きだしてみたものの、さてどう本題に入ろうかと。
というかあんまり大晦日って感じもないわけでして
今年は5年ぶりに自宅で年越しと相成りましたので
わりとかちっとしたことを書く時間ができました。

もともとは大変お世話になっている方から
2013年1月号の文芸春秋の塩野七生さんの文章を
読んでどう考えるかという話をいただいたところがスタートです。
記事自体はそのあとすぐに読んだのですが
何せ日常のドタバタに追われまして今日まで
まとまって文章にすることができていませんでした。

この塩野さんの記事は他のところでも取り上げられていて
(総選挙が近かったということもあるんでしょう)
ボクが読んだ中ではこの記事が印象に残っております。

民主政治はなぜ衆愚政治になるのか

と前置きはこれくらいにしてボクの考えをいくつか。
まとまりに欠けるかもしれませんがそこはご容赦を。

1.「民の声」は「神の声か」?

この問いに対してのボクの考え方は否。
民の声は決して神の声ではないと思います。
もちろん2つが重なることはありえますが、
常に民の声が神の声、絶対的に正しいということはないでしょう。
それはこれまでの膨大な歴史が示していると思います。

そもそも「民の声」って何なのだろうか?と。
それは時に「空気」や「雰囲気」という感覚的なものとして
またあるときは「メディアの主張」であったり、
最近ではいわゆる反原発運動に代表される
「大きな声を発する人々の意見」であったりします。

こうした民の声なるものは塩野さんが言うように
それぞれが正しいと信じているので過激というか極端で
原理主義的なイメージをボクは持つことが多いです。
それはかつて戦争を煽った声や今回の選挙で
壊滅的なまでに惨敗した反原発政党のようなものです。
そういう点を踏まえると「民の声」として聞こえてくるものは
実は大多数の人々の望むものとは異なるケースの方が
多いのではないかと考えます。

いまはネット上を舞台にブログやSNSなどの手段を使うことで
かつてないほどに個人個人が「民の声」をあげやすくなりました。
ただ、それゆえに正しいと信じてぶつかるその声が
絶対的に正しいという神の声にはならないと
ボクは考えています。

2.なぜ政治家は決められないのか?

塩野さんは政治家が「民意」を尊重するというスタンスで
実はそこを逃げ口上にしているからだという考えをしていました。
ボクもそこには同じ感覚を持っています。
政治家は選挙で当選しないかぎり、自らの存在価値である
政策実現能力をもち得ないのが現状ですから
当選するために先ほど書いた民の声と似た「民意」なるものに
従うスタンスでいるのが楽なんだと思います。
そうすれば何があっても結果を民意に転嫁できますからね。

それゆえに本来すべきことをしないというのは本末転倒です。
いま政治家がすべきは必要であれば負担を求める政策を
国民に説明して決断することなんだと思います。
ただ現実には民主党政権(特に鳩山)のように
耳障りのいい無責任な言葉ばかりが目につきます。
おそらく今後も「民意」ということを強調すればするほどに
この傾向は強くなるのではないでしょうか。

3.民主政から衆愚政になってしまうのはなぜか?

なんでなんでしょうね?
間違いなく昔よりも有権者は賢くなったと思います。
その分、自分の声というか主張や権利に固執するように
きっとなっているんでしょう。

塩野さんが言うとおり、有権者は間違いなく
一人一人が以前よりも声を上げるようになったとは思います。
ただ、震災以後はネット上を中心にその声が
随分と勇ましいというか時に人を傷つけるものであったり、
人の不安につけこむような扇動的なものが増えた気がします。

実際、そうした不安を煽る言葉や勇ましい言葉に呼応した政治家が
法もそれに基づく手続きも無視して原発を止めさせて
その結果として電力不足による危機的な状況が起きたりもしました。
これはやっぱり衆愚政の1つなんだと思います。

その結果として「強いリーダーシップ」を私たちは
以前にも増して求めるようになりました。
それが今回の選挙における維新の会への支持の
1つの源なんだろうなとボクは考えています。

石原さんにしても橋下さんにしても「知事」という
大統領的な権限をもった経験があるので
もたもたした既成政党のやり方よりも
「独裁的」というか「専制的」なスタイルで
次々と物事を決めて行動する人が
支持されるのはわからないではないです。

ただやっぱり危ういなというのは感覚的にありまして
そこが維新の会が大勝ちせずに経験のある自民党が
最後は支持されたところなのではないかと思います。
その点に関しては有権者は保守的な行動をしたと考えています。

個人的には今回の選挙結果は「民主主義らしさ」が
ちゃんと出たものだったと認識しています。
一度やらせてみたらあまりにも酷かった民主党を
きちんとした手続きに則って交代させたわけでして
これお隣の将軍様の国とか一党独裁の国じゃ
そうはいかないわけですよ。

もちろんそれって非効率なのは間違いないんですけど
「人は間違うもの」という前提にたっている制度は
間違いを自分たちで正せるという意味で
大事にすべきものなんだと思います。

なんとなく脇道にそれてしまいましたが
民主政から衆愚政になってしまうのはなぜか?
という問いに対する明確な答えはボクも?です。
ただ、みんなが正しいと思うことのあいだを探していくと
それはきっと合成の誤謬につながると思います。
そこは1つ1つのテーマに対して決める必要があるんでしょう。

そのためには個人個人が自分で考え、
本当に必要なことを判断して行動できるようになるしかないんでしょう。
だから「歴史」は勉強した方がいいと思います。

なんだかまとまりませんが、ボクなりの考えです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。
そして今年もこのブログを読んでくださった方、
本当にありがとうございました。
来年も書けるところまで書いていこうと思います。

それではよいお年を!

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