無駄かどうかはわからない

ある人から見ると無駄に見えることも
他の人から見れば必要だったりするわけで
その辺は大所高所で考えないといけませんな。

3月8日、土曜日、天気は晴れ。
どうやら久しぶりにしっかり氷点下になったようで
布団の中にいても寒いなと感じるほど。
一度、8時過ぎに目が覚めたものの
もう少し寝ようと思っていたらそのまま熟睡。
気がついたら時計の針は11時近く・・・よく寝ました。

起きてみると家族はでかけていて静かな我が家。
そのまま新聞読んだり、テレビを見たりしてお昼に。
というか今日は特に何をするでもなく過ごしてしまいまして
気がつくと夕方になっているような感じでした。
それでも録画していた番組をかなり見ることができましたし
先日買った本もそこそこ読み進められたので満足です。

というわけであとは気になったニュースをいくつか。

詳細設計書という名のゴミ

う~ん、こうやって言ってしまうのはね。
書き手の人も多少タイトルについては自分でも言っているけど
それでも曲がりなりにもSI業界にいる人間からすると残念。
ま、確かに開発現場に限らず「何のためにつくるの?」って
ドキュメントがあることはまったく否定しないんですけど
それでも詳細設計書ってのは必要なんじゃないですかね?

そこまでの内容のものが必要ないならコードをいきなり書くってのも
別にいいんじゃないかと思うんですけど、それっと「保守性」とか
そういうものをちゃんと確保できるんですか?と思うところです。

特に大型のシステムってのはより多くの人が長期にわたって開発し、
さらに稼働後も保守工程は続くことを考えると
きっちりとしたものを作っておくことは大事なことだと思います。
以前、お役所の仕事をしたときにもこんな話をされました。
実際、エンジニアは場合によっては長く関わるかもしれないけど
管理者やユーザーは数年で入れ替わることを考えると
その辺、もう少し考えていいとボクは思います。

というか設計書の質が低いから不要って論理はないよね。

「心ある日本代表批判」が増えることを期待したい。

メディアはもう少ししっかりしてほしいね。

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